前回は、母が骨折から2か月が経った8月、ようやく入院を決めたところまで書きました(第2話はこちら)。これで少しは良くなるはず——そう思っていた私の予想は、あっさり裏切られることになります。
本当に大変だったのは、この入院のあとでした。
入院中に、母の体が動かなくなった
入院してしばらく経った9月、母の体に異変が起きました。
急に体が思うように動かなくなり、表情も乏しくなっていったのです。原因は、もともと母が飲んでいたお薬の副作用でした。こうしたお薬は、飲み始めてから比較的短い期間でも、特に高齢の方に、パーキンソン病によく似た症状を引き起こすことがあるそうです。これを「薬剤性パーキンソン症」といいます。
ある日、体がまったく動かなくなり、看護師さんが異変にすぐ気づいてくださって、大事に至らずにすみました。離れて暮らす私にとって、そばで見ていてくれる人がいたことは、本当にありがたいことでした。
「治るまで数か月から数年」——薬をやめて、様子を見るしかない
整形外科は、あくまで骨や関節を診る病院です。薬剤性パーキンソン症は専門外なので、対応ができませんでした。
それでも整形外科の先生は、母のかかりつけの内科医と連携してくださり、紹介状を書いて、入院したままの母が内科の診察を受けられるよう、速やかに手配してくれました。あまり知られていないのですが、入院中に別の病院を受診すると、制度上、入院元の病院の入院料が減ってしまう仕組みがあるそうです。つまり、病院にとっては不利になる。それでも母の病状を優先して、内科の受診につないでくださったことは、本当にありがたいことでした。
幸いにも近所に総合病院があったため、かかりつけ内科から紹介状を書いてもらった数日後には、総合病院での受診ができました。病院が近かったことで、介護タクシーを使わず、車椅子で母を移動させることができたのはありがたかったです。
総合病院で言われたのは、「薬剤性パーキンソン症の症状が良くなるまでには、数か月から数年かかることもある」ということでした。特効薬があるわけではなく、原因になっている薬をやめて、経過を見ていくしかない。そう説明を受けて、母はまた整形外科での入院を続けることになりました。
整形外科では、もう手に負えなかった
問題は、ここからでした。
薬剤性パーキンソン症の影響で、母はほとんど寝たきりの状態になっていました。骨折のリハビリをしようにも、体が思うように動かず、進められません。整形外科の看護師さんは、「総合病院に転院できるように、診察のときに相談したほうがいい」と勧めてくれました。けれど、経過を見るしかないという診断をされたため、転院はできませんでした。
整形外科の側も、母をどう扱えばいいか困っているように見えました。骨折は骨折で治りきっておらず、そこに薬の副作用が重なって、どの病院にとっても「専門外」の状態だったのです。
介護の認定も、このころ動きました。最初は要支援2の通知が来ていましたが、今の母の状態には合わないと感じ、区分変更の手続きをしました。その結果、要介護4と認定されました。
離れて暮らしながら、私は焦っていました。このままでは、母は寝たきりのまま、行き場を失ってしまう。何とかしなければ——その一心で、まずは施設を探すことにしました。
施設を回る中でたどり着いた、リハビリ専門病院
整形外科の入院にも、期限があります。退院したあと、母をどこで見てもらうのか。私は、退院後の預け先を探し始めました。
このとき探していたのは、長く母を預ける施設ではありませんでした。一人で起き上がることもできない母、迫ってくる退院の期限、そして私自身もすぐには仕事を辞めたり長く休んだりできない事情。その中で必要だったのは、母を受け入れてくれて、なおかつ、しっかりリハビリをしてもらえる場所でした。
9月から、老人保健施設をはじめ、実際に4か所ほどの施設を見学して回りました。見ていくうちに、「リハビリを重視するなら、リハビリを専門に行う病院がいい」と考えるようになりました。そうしてたどり着いた選択肢の一つが、「リハビリ専門病院」でした。
決断を後押ししてくれたのは、かかりつけの内科の先生でした。整形外科を退院する前、内科を受診する機会があったとき、「転院先にリハビリ専門の病院を考えている」と相談してみたのです。すると先生から、「あそこはいい病院ですよ」と教えてもらえました。信頼している主治医の一言は、迷っていた私の背中を押してくれました。
退院の期限が迫るなか、私はそのリハビリ専門病院に見学と相談を申し込みました。ただ、「母のように薬剤性パーキンソン症のある患者」を受け入れられるかどうかも含めて、病院側で審査が行われました。幸い、「受け入れ可能」という返事をいただけたときは、本当に胸をなでおろしました。
こうして、母の転院先が決まりました。
寝たきりに近い状態から、ここで本当に回復できるのか。不安は残っていました。それでも、専門的にリハビリを診てくれる場所にたどり着けたことは、暗いトンネルの中でようやく見えた、小さな光でした。
この転院が、母の回復にとって大きな分かれ道になります。次回は、そのリハビリ専門病院で、母がどう変わっていったのかを書いていきます。
この記事は、離れて暮らす母の介護をしてきた私自身の経験をもとに書いています。症状や治療の受け止め方は人それぞれ異なります。お薬や治療については、自己判断で中止したりせず、必ず医師にご相談ください。


