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在宅か、施設か——家族で「家に帰る」と決めるまで

「在宅か、施設か——『家に帰る』と決めるまで」をテーマにした、母の介護シリーズ第5話のアイキャッチ画像 親の介護

前回は、リハビリを専門とする病院で、母が寝たきりに近い状態から少しずつ回復していった3か月を書きました(第4話はこちら)。

回復が進む一方で、退院の日が近づくにつれ、家族で向き合わなければならない、もう一つの大きな課題がありました。退院したあと、母をどこで迎えるのか——在宅か、施設か、ということです。

施設も、ずっと探していた

実は私は、母がリハビリ専門病院に移る前から、施設をいくつも見て回っていました。母の状態がなかなか良くならなかった頃で、「万が一、家では見られなくなったときのために」と、退院後の預け先を前もって調べておこうと思ったのです。あくまで、もしものときに備えた下調べでした。

一方で母と弟は、どちらかといえば施設を考えていました。薬の副作用の影響で、母はまだ思うように体が動かず、毎日リハビリをしていても、一人で長い時間歩くことも、家事をすることもできません。そんな状態で、家に戻って一人暮らしをする姿は、母自身、まったく思い描けなかったのだと思います。離れて暮らす私や弟が同居して支えることも難しく、当時の母の中には、家に戻るという選択肢そのものがありませんでした。

そんな中で私は、介護休業を取って、しばらく母と一緒に暮らすことを提案しました。弟も、母のサポートにはとても積極的で、金銭的な支援も申し出てくれていました。ただ、私が一時的に母と暮らすことについては、私の負担が大きすぎるのではないか、無理はしないほうがいい、という考えでした。

だから、これは「在宅か施設か」で家族がぶつかった、という話ではありません。みんなが母のことを思って、それぞれに一番いいと思う道を考えていた。ただ、私の気持ちは、少しだけ違うところにありました。

私は、仕事を調整してでも

母は「家に帰りたい」という気持ちを、確かに持っていました。ただ、離れて暮らす子どもたちの負担になりたくない、という思いの方が強く、その本心を口に出せずにいるように見えました。長く暮らしてきた我が家で、また自分のペースで過ごせるなら、それが一番いいはずです。

だからこそ私は、できることなら母に家に戻ってきて欲しいと思っていました。母が言い出せずにいる本当の思いを、なんとか叶えたい。

そのために、自分の仕事を調整してでも支えようと考え、年内のうちに、職場の上司や同僚にも「介護休業を検討していること」を早めに相談して、私が抜けても仕事に支障が出ないよう、準備を進めていました。もちろん、離れて暮らしている以上、私がずっとそばにいられるわけではありません。それでも、地域のサービスや専門職の方々の力を借りながら、家族で支える体制をつくれば、家に帰るという選択は可能だ——そう考えていました。

トイレに自分で行けるか——在宅復帰の分かれ目

在宅で暮らせるかどうかには、どうしても外せない条件が一つありました。トイレに自分で行けるかどうか、ということです。主治医からは、「自分でトイレに行けなければ、自宅に戻るという選択肢はない」と言われていました。母がそこまで回復できるかどうかは、12月のカンファレンスの時点でも、まだ見通せない状況でした。

ちょうどこのころ、弟が一人で見舞いに行った際、主治医が親切に声をかけてくださり、話をする機会がありました。そこで弟が告げられたのは、「お母さんが自宅に戻るのは、難しいかもしれない」という言葉でした。専門家の口から出たその一言は、私たち家族にとって、とても重いものでした。

年末——どちらに転んでも動けるように

それでも、退院の日は決まっています。私は、どちらに転ぶかわからないまま、自宅に戻る選択肢と、施設に入る選択肢の両方を見据えて動くことにしました。そして、年が明けたら方針を決めて、病院に正式に伝えることにしました。

というのも、行き先が在宅か施設かによって、退院前の打ち合わせで詰める内容が変わってくるからです。在宅なら手すりや介護用具の準備、施設なら施設側との調整——どちらも時間がかかります。だから、遅くとも年明けには、方針を伝える必要がありました。

並行して、ケアマネジャー探しも始めました。ケアマネジャーは、こちらから探して依頼する必要があります。年末までに何件か問い合わせておき、正式なお願いは年明けにする段取りにしました。リハビリチームの方々も、家族の想いを受け止めて、年末年始も休むことなく、母のリハビリを続けてくださいました。

正月明け——母の気持ちと、相談員さんの調整

お正月が明け、私は母に、自宅に戻る方向で話をしました。けれど、母はなかなか決断できませんでした。家に戻ることへの不安が、まだ強かったのだと思います。

そこで、医療相談員さんに間に入ってもらい、母と何度も話をして、少しずつ気持ちを整えていきました。最終的に、「まずは自宅に戻る方向で準備を進めて、どうしても難しければ、その時はまた施設を考えればいい」——そう区切りをつけることで、母も前を向くことができました。こうして私は、ケアマネジャーに正式にお願いし、病院にも「母は自宅に戻ります」と正式に伝えました。

退院前に、家族と専門職で自宅を整える

退院の2週間ほど前には、自宅で打ち合わせの場を持ちました。理学療法士さん、医療相談員さん、依頼したケアマネジャー、そして福祉用具の業者さんに集まってもらい、母が実際に暮らす家を見ながら、どこに手すりをつけるか、どんな介護用具が必要かを一つずつ検討しました。

第4話で書いた「家屋調査」もそうですが、こうして退院の前に、実際の家に合わせて環境を整えておけたことが、母が安心して帰ってくるための土台になりました。

一つ想定外だったのは、靴のことでした。病院では、かかとが少し高めの靴を履いて過ごしていたため、自宅で素足になって歩いてみると、後ろに倒れそうになる瞬間が何度かあったのです。家の段差を想定した訓練はしていましたが、素足になったときのバランスまでは、誰も想定していませんでした。この気づきを退院までのリハビリに反映してもらえたことも含めて、関係者を交えて実際の家で行った打ち合わせは、本当に有意義な時間になりました。

そして、母を家に迎えた

こうして、転院からおよそ3か月後——最初の入院から数えると半年後に、ようやく母は自宅へ戻ってきました。

在宅か施設か——どちらが正しいと決められるものではありません。母や弟が考えていた施設という選択にも、きちんとした理由がありました。それでも我が家の場合は、施設も見て回り、リハビリ専門病院という選択肢に賭けてみて、そのうえで「家に帰る」と家族で決めました。調べられるだけ調べ、できることに挑戦して、最後は家族で決めた。だからこそ、どんな結論になっても後悔はしない——そう思える選択にできたことが、今の私にとって何より大きかったと感じています。

母が帰ってきてからは、また新しい日々が始まりました。次回は、その暮らしを支えてくれた「ケアマネジャー選び」について書いていきたいと思います。


この記事は、離れて暮らす母の介護をしてきた私自身の経験をもとに書いています。介護の制度やサービス、必要な準備は、お住まいの自治体や、その方の状態によって異なります。詳しくは、病院・自治体・ケアマネジャーなどの専門家にご確認ください。

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